余命3ヶ月と言われる状態から7ヶ月目。
なんとトータル2年と2カ月でがんがなくなった。
善本考香さんの治療録

年月日

記録

検査

診断

治療

0ヶ月目
1人目のお医者様
2011年8月末

大量出血にて病院を受診 子宮全部ががんだと言われるが、「がん」が見つからない
保険会社の友達、看護師の友達、 母の主治医から情報収集
「がん」を見つけてくれる医師、 手術をしてくれる医師を探す

娘を実家に預けて家出
泣くだけ泣いて、遊ぶだけ遊んでスッキリして戻る

無料診断の検診をした。
子宮体がん(体部)の検査も促される。

 

 

2ヶ月目
2人目のお医者様
2011年10月

子宮に4cm×4cm以上の「がん」が見つかる 広汎子宮全摘出術を受ける 一旦根治。

【検査内容】
●細胞診
●内診
●CT
●PET-CT
●腫瘍マーカー

【診断】
子宮頸がん
扁平上皮肉癌 1b2期
リンパ節転移(3コ)

【治療内容】
子宮と卵巣、付属リンパ節3個とその先のリンパ節40個全部を切除

3ヶ月目
2011年11月

リンパ節転移が3個あったので、全身に回っているだろうということで全身療法にて抗がん剤治療をした。

<身体上の変化>
頭髪の脱毛、吐き気、倦怠感、しびれ、味覚障害、体重増加

<精神的変化>
脱毛、むくみ、肌色の変化などの容姿の変貌に落ち込む

【検査内容】
●血液検査 /抗がん剤投与前 

 

【治療内容】
化学療法にて抗がん剤治療(5クール)

7ヶ月目
2012年3月

抗がん剤治療終了

娘の小学校卒業式
ウイッグ姿と副作用で人目を気にしながら、一番うしろの席で娘の姿を目に焼き付ける。

 

 

【治療内容】
抗癌剤治療終了

 

検査で腹部傍大動脈リンパ節への転移が見つかる。

【検査内容】
●CT
●腫瘍マーカー

【診断】
腹部傍大動脈リンパ節転移(ふくぶぼうだいどうみゃくリンパせつ)お腹の上、へその上に転移。

 

8ヶ月目
2012年4月末

娘の中学校入学式
中学校の卒業式を見ることができるのだろうかと、娘の姿に涙した。
学校にも「がん」であることを伝える。

 

 

 

10ヶ月目
3人目のお医者様
2012年6月

入院して、放射線と抗がん剤を一緒に行う同時化学放射線療法(CCRT)
規定により1ヶ月で28回の照射
入院して1ヶ月毎日放射線。お腹にあてる。
抗がん剤もする
一旦がんは消失した。

 

【診断】
一旦消えた。消失した。 

【治療内容】
全治療終了
経過観察に入る

1年0ヶ月目
2012年8月

検査をしても何も見つからない。
でも、治ったとは思っていなかった。

【検査内容】
●PET-CT 

【診断】
PET-CTにより癌所見無し 

 

1年1ヶ月目
2012年9月

腫瘍マーカーが少しずつ右肩上がりしていた。

【検査内容】
●腫瘍マーカー

 

 

1年2ヶ月目
2012年12月

血液検査マーカーとCTをとっても現れない。
年末には咳が出始めた。背中が痛い。
一人で転移したと騒いでいた。

【検査内容】
●CT
●腫瘍マーカー

 

 

1年5ヶ月目
2013年3月

腫瘍マーカーが基準を越えたため初めてCTを撮る。
全身検査(PET-CT)をして、全身に6カ所の転移が見つかる。
ステージ4。全身転移の末期がん。

春になると再発する。なぜ?
春は切なく悲しい季節
●来年の桜をまた見ることができるのか。
●娘の成長を見ることができるのか。
●親より先に亡くなってしまうのか。

【検査内容】
●CT
●腫瘍マーカー
●PET-CT

【診断】
右肺、両側肺門リンパ節、両側縦隔リンパ節、左鎖骨リンパ節転移

【治療内容】
同時化学放射線療法提案

 

手術、抗がん剤、放射線の「がん」の3大治療(標準治療)が終わった。それでも広がった。
放射線をやることで脊髄にあたって何年後かに麻痺がでると言われた。
その状態でQOLが低下して闘えないと思ったのでやめた。

※QOLとは
Quality of Life「生活の質」
日常生活の満足度や充実度